正しいか正しくないか、を あえて超えてみる

こんにちは!ホッピーです。


私はそれが正しいかどうかで判断してしまう癖があります。でもそれって時に苦しいものだ、ということにも気づいています。


先日、ご近所の方々から庭先でのBBQのお誘いがありました。
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うちの近所は親戚同士やもともと友達同士が多く、それはそれは賑やかです。

大人しい私はガンガン入っていくこともできず、かといって仲が悪いわけでもなくな約10年です。


バーベキューかー。
どうしようかな。
隣人がBBQしているのは気にならない。
でも自分がそこに入るのはどうか?
参加していないご近所で不快に思う人はいないかな?

そこで私は「参加しない」を選びました。
適当な口実もつけて。


でも考えなおして、
やっぱり「参加する」ことにした。

「参加しない」では窮屈で、
広がりが感じられなかったから。

ご近所の方々と少し話してみたいと思ったから。

参加しないご近所に「不快だ!」と言われたら、
頭を下げて謝ろう。



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バーベキューはとても楽しかった。

「ガンガン入っていかない人」として
ゆるく参加しても楽しかった。

たくさんの人と過ごすと
時間の流れが早いことに気づいた。

子供たちがとても楽しそうにしていた。

「またやりましょう!」って言われて、
とても嬉しかった。


まだ整理しきれない色々に気づけた。
たった一度のバーベキューで。
可笑しくて、涙が出そう。